どうする家康第2話「兎(うさぎ)と狼」過去大河との比較

どうする家康

前回は、この桶狭間勝つのではないかというくらい堂々とした野村萬斎演じる今川義元が討死し、敵中に孤立してしまった家康ら三河衆の動向が決まらぬところで終わりました。

どうする家康第2話「兎(うさぎ)と狼(おおかみ)」ネタバレ

天文11年4月17日(1543年)徳川家康は、父・松平広忠(飯田基祐)、母は水野忠政の娘・於大の方(松嶋菜々子)との間に生まれました。
かつて広忠の父・松平清康は三河近辺に一大勢力を築いていましたが、その激しい気性故に家臣に裏切られ殺害されました。
当時幼かった広忠の基盤は不安定なまま、今川家に頼るほかない状況、そんな中で生まれた家康(幼名・竹千代)は期待を一身に背負っていました。
於大は「寅の年、寅の日、寅の刻に生まれたから勇猛果敢になるに違いない」とほほ笑み、広忠も嬉しそうにする、そんな出生の日の出来事でした。
しかし、成長した息子は元康と名を変えて図体はでかくなったものの、主君・今川義元が打たれたという事実に何もできないで大高城に取り残されていたのでしたーー

時は戻って永禄3年5月の大高城、元康は決断できないでいました。そうこうしているうちに大高城は織田の兵に囲まれはじめます。その先には織田信長(岡田准一)の姿が。信長は不敵に「逃げぬとはあっぱれじゃ」と言い、元康は逃げればよかったとヘタレるばかりです。

元康は12年前を思い出していました。12年前、織田今川に挟まれた三河領は削られていき、このままでは危ういと今川と手を組むことにした父・広忠、彼は元康を今川義元(野村萬斎)の元へ送ることに決めました。駿河に送る役を仰せつかったのは戸田宗光、信頼する家臣でしたが彼は織田方と通じており、元康(当時・竹千代)を織田に売り渡してしまったのです。
戸田宗光と通じ竹千代を奪ったのは織田吉法師、のちの織田信長でした。
竹千代の命を引き換えに服従せよと広忠の元に知らせが降り、今川を裏切るわけにもいかない広忠は、竹千代の命を切り捨てるしかなくなります。
利用価値のなくなった竹千代はあわや信長の父・信秀(藤岡弘、)に処刑されかけますが、信長の仲介によって彼の預かりになるのですが、穏やかな気性の竹千代にはうつけと呼ばれた信長とその周りの乱暴な様は地獄でしかなくそれは大きなトラウマとなっていたのでした。

桶狭間でにらみ合う両軍でしたが、信長は攻撃することもなく兵をひいていきます。信長の意図は三河をすくみ上がらせるだけでした。

大高に残っても仕方がない元康は駿府に残してきた妻・瀬名姫(有村架純)を思い出し駿府に帰ろうとしますが、自分の城の城代である山田(天野ひろゆき)が討死したと報告を得ます。
今川の家臣たちは逃げ帰り、もぬけの殻と岡崎城を奪取しようと家臣たちは次々に詰め寄りますが、岡崎より駿府が好きだと公言してしまう元康に皆愕然とします。耐え忍んだ家臣たちにとってそれは悲しすぎる言葉でした。
三河領に入ったら別れる手はずでしたが、数人は元康に付き従います。駿府に戻ろうとする三河国衆の松平昌久(角田晃広)が駆けつけ、今川が混乱している今こそ力を合わせて独立しようと叫びます。
何度も裏切った昌久を家臣たちは信じませんが、元康は信じようとします。表に出た元康に無残にも鉄砲を浴びせかけ三河衆たちは次々に傷ついていきます。

駿府では瀬名が元康の身を案じていましたが安否を知ることはかないません。

岡崎城から北3キロの位置にある松平の菩提寺である大樹寺、住職の登譽上人の元に傷ついた三河勢が隠れたものの、昌久にはすでに場所が割れており、元康の首を出せと囲まれてしまいます。
銃弾浴び瀕死の忠吉(イッセー尾形)や傷ついた家臣たちの姿に、元康は祖父・清康、父・広忠の墓所に佇み自害しようと決意し、そこに忠勝(山田裕貴)が介錯を買って出ます。

厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)「極楽浄土に往生する(生まれ変わる)ことを心から願い求めること」で穢れのあるこの世から旅立ちたいと元康は願います。
忠勝は、父も祖父も松平の人間を守って死んだのに、あまりにも頼りない元康を主君と認める気にはなれないと言います。
元康は死ぬことで今度はお前たちを守るのだと返すのですが、忠勝は自分が認めた主君に命を懸ける事こそが本望なのだと言い放ちます。

厭離穢土欣求浄土と唱える元康は、幼いころ信長と手合わせをしたことを思い出します。ぼこぼこに殴られながらこの世は地獄だ、そして自身のことを兎だという信長に、怯えるばかりだった幼い竹千代は違う!俺は兎ではない!俺は寅なんじゃぞ!と必死ににらみつけ反抗します。信長はその眼を忘れるなと満足そうに微笑んだ姿でした。

今腹を切る場合ではない、元康はそう思い至り刃を収めます。そこへ寺の下男が現れて言うのです。厭離穢土の意味が違うと。
生まれ変わりたいという意味ではなく汚れた地獄のような世の中を浄土にすることを目指せという意味だと伝えるのです。

元康は思い立って寺の外にいる昌久の兵と対峙し、自分はこれより岡崎に帰還する、討ち取りたければ討ち取れ、しかし岡崎に詰める1000の兵が襲い掛かってくることを忘れるな!新当主氏真様の纏める今川とわれらを同時に相手できるならやってみよ!と詰め寄ります。
寅の年、寅の日、寅の刻に生まれた自分は武神の生まれ変わりであると堂々と宣言し昌久らの兵は圧倒されてしまうのでした。

厭離穢土について元康に語っていた下男はその姿を真剣に見ていました。下男の名は榊原小平太、のちの榊原康政(杉野遥亮)、のちに徳川四天王の一人となる男です。

元康は寅の年、寅の日、寅の刻に生まれた、と母・於大は言っていますが、実は年があけて兎年だったのです。
出生の際、父・広忠はそれを指摘しましたが、「いけません兎など、狼に駆られてしまいます。数日前に生まれたことにすればいいのです」といいその事実は伏せられていました。

元康が岡崎城入城し今川方が沸き立つのもつかの間、終わりでは狼・織田信長が、「いよいよ食らいにいくか、白兎を」と虎視眈々と狙っていたのでした。

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各話のかんたんなあらすじはこちら(Coming Soon)

「兎(うさぎ)と狼(おおかみ)」ネットの反応

タイトル通り兎と狼への解釈がたくさん出ていました。

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もうこれ「どうする家康」じゃなくて肩幅2メートル暴君カリスマスーパー攻め様織田信長をどうやって本能寺で抹殺しようか必死でGoogle検索する「どうする光秀」じゃん
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鎌倉殿クラスタのことは「武衛」と表現していたけど、早くもどうする家康クラスタのことを「白兎」って表現する流れが生まれてて面白い。

今年は白兎軍団との合戦、頑張ります

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お願い、死なないで忠勝!
あんたが今ここで倒れたら、ご先祖や殿との約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、信長に勝てるんだから!
次回「本多忠勝死す」デュエルスタンバイ!
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この世で聞いたことのない日本語「本多平八郎忠勝討死!」 #どうする家康
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先週、瀬名姫とのイチャイチャを存分に見せつけられてスイーツ大河と危惧されたものの、ちゃんと修羅地獄大河だった…。

だが問題ない。昨年の鎌倉を生き抜いたTLだ。面構えが違う。

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読売新聞に「家康の生まれ年は寅年か卯年か学説」が紹介されて、家康本人はずっと寅年自称も暦では卯年の生まれで。「兎は食われる存在」だから、戦国大名として天下統一を成すには虎を自称したのではという考えがあると。大河ドラマどうする家康で元康=白兎は歴史学説や家康の手紙を背景したのかも。

作中では数日さかのぼれば寅年、とありましたが旧暦(宣明暦)だと寅年生まれ、太陽暦(ユリウス暦)だと兎年というロジックがあり、そこを巧みに組み込んでいる脚本は秀逸ですね。
また実際に学術的にもかられる側である兎年生まれは伏せたという説があったことを初めて知りました。これを知らなかった視聴者の方も多いのではないでしょうか。

大河ドラマ徳川家康(1983年)との比較考察「家康の温度差がすごい」

今回は桶狭間から、岡崎城帰還までの様子が描かれました。今作の元康はあくまで今川に教順を示し離反をする様子がありません。
瀬名姫や氏真、関口ら家臣も元康の無事を喜び、むしろ助けてくれるのでは?という雰囲気すらあります。
1983年の大河ドラマ「徳川家康」ではこれを好機とみて家康自身が家臣を先導して岡崎城を奪取しました。
それに対し氏真は激怒し身重の瀬名姫らは窮地に立たされています。三河の家臣らもあまり瀬名姫や子を心配する様子もなく、面倒ごとととらえてる描写があるなど、どうする家康と比べてかなりダークな印象をうけます。
それほど今川の下にいるのが屈辱であったという表現したいのでしょうが、瀬名姫との関係はずっと重苦しいものが続いていきます。

また今作では、母於大の方も、かなり強キャラ感があります。旧作ではおとなしく家康を見守る母でしたが今回はかなり出張るかもしれませんね。
瀬名姫がどうなるのか気になるところです。

次回:どうする家康第3話「三河平定戦」ネタバレ感想過去大河との比較

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