どうする家康第1話ネタバレ感想「どうする桶狭間」過去大河との比較

どうする家康

今回は2023年度NHK大河ドラマ「どうする家康」の記念すべき第1話のネタバレ、あらすじと感想、過去大河との比較をお伝えします。

どうする家康第1話「どうする桶狭間」ネタバレ

江戸幕府を開いた徳川家康は今日では「神君家康公」「神の君」「東照大権現」と呼ばれ太平の世を築いた稀代の名君と言われています。

これは若き家康の生涯を追った物語です。

永禄3年5月19日(1560年6月12日)、織田信長(岡田准一)が東海一の弓取りと謳われた今川義元(野村萬斎)を討死追い込んだ桶狭間の戦い、徳川家康(松本潤)はその時今川方として大高城攻めに参加していました。大雨の降る大高城で家康ー-当時は松平蔵人佐元康(まつだいらくろうどのすけもとやす)はもう嫌じゃと叫ぶのでした。

時は少しさかのぼり弘治2年(1556)、この時徳川家康は松平次郎三郎元信(まつだいらじろうさぶろうもとのぶ)といいました。西に織田、東に今川に挟まれた三河の国の国主、元信は幼いころより三河を離れ、今川家の本拠駿河の国で人質生活を送っていました。

一般的に元信の人質生活は苦渋を舐める言われていましたが、今川義元は軍師太原雪斎を元信の師とするなど厚遇していました。
元康の日常は空き時間に木を削り人形を作り、人形遊びを一人でするなど気楽なもので、家臣の石川数正(松重豊)や酒井忠次(大森南朋)をやきもきさせるのでした。
その日、こっそりと人形遊びをしていた元信を数正と七之助こと平岩親吉(岡部大)は今日は若様と手合わせだと引っ張ります。
若様こと今川氏真(溝端淳平)との場には、氏真みたさに今川家に仕える女衆も控えています。色めく女たちの中にはお田鶴・おたづ(関水渚)や、瀬名(有村架純)もいました。
手合わせは一方的に氏真が勝ち、「いつまでたってもダメじゃのう」と呆れます。そこへ今川義元(野村萬斎)が訪れ、元康に膝を休めよを声を掛けます。
義元が去った後膝を抱えていたがる元康を瀬名は微笑んでみていました。

後日、元信はまた一人で木彫り人形を作って一人で遊んでいると瀬名に見つかります。恥ずかしがって黙っててほしいと頼み込む元信に黙っている代わりに私にこの人形をくださいと微笑む瀬名に脅すおつもりかというも、二人はそのうち楽し気に遊びだすのでした。

心躍らせて屋敷に戻る元信に数正らが「三河に父の7回忌の墓参りのお許しを頂いた」と伝えてきます。殿のお里帰りとなれば皆喜びますと伝える皆に元信は居心地が悪そうにします。
それもそのはず、駿府とは真逆のさびれた三河、長い人質生活で家臣の名前と顔が一致しないのです。
帰郷し大歓迎する家臣たち、酒井忠次(大森南朋)などは源頼朝公のようだと褒めそやしますが元信はうまく微笑むことすらできません。

自分の居城岡崎城には今川家から派遣された城代が我が物顔で居座り、ゆっくりとされよなどと言われる始末、自分の城でも今川の許可が必要なのです。
城下に下り、家臣らと食を共にする元信はまた家臣らに囲まれます。歓迎されるもはやり顔と名前が一致しない元信、夏目広次(甲本雅弘)は落胆しながらもいいのです、と元信を気遣い、元信は居づらくなってしまうのでした。

元信を人質に取られた三河衆は多数の田畑を今川に搾取されながらも、元信が戻ることに希望を抱いていました。みすぼらしく貧しい暮らしをしながらも元信の帰還を待ちわびているのです。
数正は「今川の城代が居座るあの城こそが殿の城、殿の帰還を待ちわびるあの者たちと力を合わせて立ち上がる時がくる、それを覚悟しておいてください」と言い含めるのでした。

気鬱のまま駿河に戻った元信は瀬名と人形遊びに興じていました。国を背負わなければいけない重圧を愚痴ると、瀬名は「どうして生まれただけで国を背負わなければいけないのでしょうね、だって次郎三郎様には無理に決まってますもの」と返します。ひとしきり元信の悪いところを上げる瀬名ですが、そんな次郎三郎も好きだと言いかけます。しかしその蜜月もすぐに瀬名の母・巴(真矢ミキ)やお田鶴にバレて引き離されることに。

瀬名には氏真が目を付けていて側室に迎えようと義元に頼み込んでいる途中だったのです。

義元は瀬名とその父・関口氏純(渡部篤郎)を引き連れ、修練場に現れます。そこに控えていた氏真と元信に「勝った方に瀬名を与える」と言い困惑する二人でしたが手合わせを開始します。
氏真の一撃で終わるかと思われていた手合わせも普段とは違う元信の動きに皆驚き、驚きの冷めやらぬまま元信が勝利します。
義元は「氏真の面目を慮っていつも手加減していたな、それはこの上ない侮辱である。2度といたすな」とたしなめ氏真には側室は時期尚早である、と告げます。
そして瀬名には「無体な扱いをしてすまなかった。だが異存あるまいな」とほほ笑み、瀬名と元信を娶せるのでした。

婚礼の席で母・巴は不服そうでしたが、瀬名は幸せいっぱいでした。三河衆にも気安く声を掛け微笑み彼らを歓喜させますが、大はしゃぎする家臣たちに元信は恥ずかしいと額に手を当てるのでした。その後元信は初陣を果たし、名前も松平蔵人佐元康(まつだいらくろうどのすけもとやす)と名前を変え、瀬名との間にも長男・竹千代が誕生する順風満帆ぷり。今川に搾取されながらもその幸せは続くと思われていました。

しかし運命の1560年、桶狭間の戦いがすべてを変えてしまいます。
その時元康は敵中に孤立した大高城に兵糧を届ける役を言いつけられます。コメを運ぶだけと聞いて、瀬名はホッとします。元康が出陣と聞いて、いざとなれば元康とどこかに隠れようと思っていた、どこかにこっそり落ち延びて夫婦と子供たちと田畑を耕し世間の荒波には我関せず過ごせればいいなとほほ笑む瀬名を元康は抱きしめ別れるのでした。

戦場について、元康は驚きます。兵糧を届けるために周辺の砦を三河の兵だけで落とせと言うのです。三河の兵は破れて藁で修繕したみすぼらしい具足を身に着けるなど、鎧も整わぬいでたちの者らばかりです。
いつも危ないところは三河兵、今川の捨て駒だと鳥居忠吉(イッセー尾形)は不満を口にするのでした。

そこへ義元が訪れ皆焦りますが、義元は忠吉を咎めるでもなく、元康に覇道と王道の違いを問います。
「武をもって治めるのは覇道、徳をもって治めるのが王道」と返す元康に、義元は敵・織田信長(岡田准一)は戦を好みまさに覇道をすすむものだと危ぶみます。それを止めるためには今川だけでは無理で、三河の力が必要だ、元康は息子も同然だと言い金色に輝く具足を与え鼓舞するのでした。
5月19日、元康は決死の想いで丸根砦を突破し、大高城に無事入城します。大高城にはお田鶴の兄・鵜殿長照(野間口徹)がボロボロになりながらも守っていました。兵糧を運び込むと同時に守備を交代し長照は休むことになります
その日、にわかに雨が降り始め、休息をとっているととんでもない情報が流れてきます。
今川義元が桶狭間にて織田信長に討たれたというのです。それはとんでもない大番狂わせでした。
それにより大高城は再び孤立、家臣らは家康にどうするのだと詰め寄ります。騒然とする家中に元康は震え城を一人脱出してしまうのでした。大高城添いの海岸をふらふらになってさまよいます。

そこに一人の若武者が現れます。本多平八郎忠勝(山田裕貴)、彼は逃げ出した主君に「恥ずかしくないのか!」と叱咤し城に引きずり戻します。情けなく帰還する元康の元には織田信長が向かってきているという悲報が届けられます。元康にとって信長は鬼門、幼い日のトラウマがよみがえるのでした。

義元の訃報は瞬く間に各国に届きます。今川は茫然とし、甲斐の武田はほくそ笑むのでした。

そして、今まさに手に落ちようとしている大高城の元康に対し信長はこういうのです。

「まってろよ竹千代。俺の白兎」

ネタバレまとめ一覧はこちら(Coming Soon)

各話のかんたんなあらすじはこちら(Coming Soon)

「どうする桶狭間」ネットの反応

予想以上の演出にネット上では様々な感想、動揺が見え隠れしています。
ここまで話題になるのは脚本家さんしてやったり!ですね。

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ぼんやり大河ドラマ見ていたら突然強そうな岡田准一が出てきて「待ってろ……俺の白兎………」と肩幅2mスーパー攻め様みたいなことを言い出して椅子から転がり落ちた
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「メンバーが増えれば増えるほど嬉しくなる」というどうする家康撮影中の松本潤氏の気持ちを聞いて回を追うごとに人が減っていった鎌倉殿を思う
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どうする家康見てて思ったけど、大河ドラマって別に毎週誰かが誅殺される訳じゃないんすね
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どうするの家康、とにかく織田信長が嫌いなんだなってが伝わってきていい。でもお前ここから何回も信長に鷹狩りデートに誘われるから頑張ってね
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どうする家康のネックな所って臆病で頼り無い家康を斬新な家康像みたいなことを公式が言ってることよな。
その家康像は2年かけて放送しましたやん。
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今川義元の差している刀、宗三左文字にしては短くて(1分12秒あたりで長さがわかる)、脇差ぽい。
宗三左文字はいないのか~……と思ったら!
後ろにうやうやしく刀が飾られとるやん(10秒あたり)!!?? これ、宗三左文字じゃないですか!!??
#どうする家康
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「待ってろよ竹千代…俺の白うさぎ」家康生誕地・岡崎の和菓子屋2店で台詞にちなんだ新商品 饅頭5つ入り「まってろよ おれの白うさぎ」など
早くも
#大河オタクにしか通じないフレーズ選手権
堂々のエントリーですね(しかも商品になってしまった)

織田信長役の岡田准一さんの今川義元の首を掲げながら「待ってろ竹千代、俺の白兎」発言は第1話から大変な話題になってとうとうセリフにちなんだお菓子まで出るなど大きな盛り上がりを見せています。

反面、前年度大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の出演者がどんどん消えていくトラウマから立ち直れていない視聴者のTweetも散逸しているのが特徴的ですね。
こうも前年度の大河との比較が出てくる年も珍しいです。

ヒットした大河の後のドラマは叩かれやすい傾向にありますが、今回のどうする家康の始まりは細部からこだわっているようです。例えば、桶狭間の義元の舞シーンの後ろには名刀「宗三左文字」が飾られています。
宗三左文字は、桶狭間で義元が打ち取られた際に帯刀していた刀であり、それを手に入れた信長が大変気に入り、表に「永禄三年五月十九日義元討捕刻彼所持刀」裏に「織田尾張守信長」と刻印し常に身に着けていたといいます。二度焼け落ちて再刃されるという、義元から離れた故に苦難を歩む刀です。見逃しかねないところへの演出が今回の大河の出来を期待させますね。

大河ドラマ「徳川家康」(1983年)との比較考察

徳川家康を題材にした大河ドラマは今作で2作目です。1作目は滝田栄さん主演で1983年に放送されました。

近年、若いころの家康はヘタレであったというものではなく、慎重で耐え忍び、様々な経験にもまれ天下人への道を歩む徳川家康の話でした。今作1話からすでに1作目と異なる点が見えています。今作とは大きく異なる点は以下の通りです。

  1. 1作目は幼少期で母との別れから。今作は桶狭間から始まる。
  2. 家康の恋。1作目では婚前に瀬名と一緒に居たお田鶴に恋をしていました。そしてお田鶴に似ている西郷の局(秀忠母)を寵愛します。
  3. 瀬名姫の性格が可愛らしい。1作目は今川の血筋を鼻にかける気位の高い女性だった。
  4. 夫婦仲が良い。1作目は瀬名の晩年に至るまで不仲ですれ違い最後に少し和解するくらいでした。
  5. 今川家での扱いが厚遇。1作目では口だけの厚遇で家康は苦渋を舐めていました。
  6. 信長への感情。1作目では織田人質時代構ってくれたお兄さんみたいに思っていた描写がありました。

反面、共通点もあります。

  1. 今川家に搾取され、三河の家臣たちは貧しい暮らしをしていた。
  2. 氏真が瀬名に何らかの感情を抱いている。今作では側室にしたいと望む恋心を覗かせていましたが、1作目では氏真のお手付きであったような描写があり、そんな女を押し付けられた!と家康が不快感を示すシーンがありました。

と第1話にして前作との違いや共通点がかなり見え隠れしています。1作目では池上季実子さん扮する瀬名姫が家康のことを好きであるのだけど、どんどんすれ違っていく様の描写が素晴らしかったです。池上さんが美しすぎて気位の高い瀬名姫という役どころがぴったりでした。

今回の瀬名姫は有村架純さんで、可憐な瀬名姫ですね。今川家離反によって瀬名姫がどのような経緯で最後までいくのか、見どころです。

是非、U-NEXTでNHKオンデマンドの「徳川家康」もご覧ください。比較、とても楽しいですよ。

https://mojikomeguru.jp/2023/01/15/dousuruieyasu_s02/次回:どうする家康第2話「兎と狼」ネタバレ感想過去大河との比較

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