らんまん第93話ネタバレ感想「前を向く人、足を掬われる人」

らんまん

前回、十徳長屋の人々と寿恵子の母・まつ(牧瀬里穂)らの懸命の支えにより長女・園子を亡くした喪失から立ち直った万太郎(神木隆之介)と寿恵子(浜辺美波)。しかし追い打ちをかけるように頼りにしていたマキシモヴィッチ博士の訃報と、峰屋が潰れるという事態が起こるのでした。

らんまん第93話ネタバレ感想「前を向く人、足を掬われる人」

前回、万太郎(神木隆之介)と寿恵子(浜辺美波)夫妻は、長女・園子を失った失意の中、十徳長屋の人々や寿恵子の母・まつ(牧瀬里穂)らの支えによりようやく前を向くようになりました。
6月には第二子・千歳も生まれ、ロシア行きを考える中マキシモヴィッチ博士の訃報が届き愕然としますが同時に日本で自分のコレクションを発表する道を模索することに決めるのでした。
そんな中、土佐から竹雄(志尊淳)と綾(佐久間由衣)夫妻がやってきて、腐造を起こし峰屋の暖簾を下したという報告を受けます。力及ばずを詫びる二人に万太郎は自分の重荷を代わりに背負ってくれた二人に礼を述べるのです。
そして近況を話した万太郎、標本を取り上げられようとしている、そして一人で植物学をするという話をすると竹雄は真剣な顔で「わしは反対だ」と苦言を呈すのです。

植物学の研究には膨大な金がかかる、あの頃のように峰屋はもうなく金も出せない、そして何より万太郎には妻子がおり金を稼がねばならない、竹雄の苦言はもっともでした。
しかし寿恵子は自分の背中を押してくれたと万太郎は返すのです。

その寿恵子は綾の前で八犬伝オタクぶりを発揮していました。八犬伝はながいからと面白い部分をピックアップして綾にすすめます。
いざ読み進めようとしてふと寿恵子はこの話は今の綾にはつらいかもしれないと思うのです。八犬士は生まれながらに痣があり運命に導かれて戦います。しかしそんなものは不要だった八犬士もいたのではないか?万太郎と綾は八犬士と同じかもしれないと。
口に出していた寿恵子に綾は「万太郎はそうかもしれない」といい、寿恵子は女ながらに酒造りに携わった綾も十分すごいのだと返すのです。
寿恵子にとって綾は別世界の人でした、自分は何のとりえもなくただ支えるだけの女、寿恵子はそう思っていたのです。
綾からすれば寿恵子こそ八犬士のように素晴らしいのだと感じていました。

竹雄は寿恵子の胆力の凄さに圧倒されました。寿恵子はただでさえ高藤(伊礼彼方)の求婚を振り切って万太郎の妻になった女性でした。それだけでもありえないのにこれから苦難の道へ歩もうとする夫を止めもしないのです。
万太郎は寿恵子は可憐なだけの人ではない、飛びぬけて強い笹のような人だと評します。

綾と竹雄が佐川に帰る前日、十徳長屋では十人全員でドクダミを抜きました。根を洗い干す作業をしながら、丈之助(山脇辰哉)が宣言します。
ドクダミを抜くのは今年最後、今の小説の原稿料が入ったら懇意にしている女を身請けし、長屋を出ていくというのです。
しかし丈之助が騙されていると思っている住人たちはまともに聞かずはいはいと言っています。ほんとだから!俺割とちゃんとやってるから!と丈之助は言いますが相変わらず皆信じません。

そんな明るいやり取りを見て綾は驚きます。ずっと峰屋にとどまっていた綾には衝撃的なものでした。みんな自由に入って自由に出ていく、それがこの長屋ではある、どこでも生きていけるのだと微笑むのです。

そして竹雄と綾が帰り万太郎が植物採集の旅に出ていく日、寿恵子は図譜の売り上げを渡しました。
自分は内職の金でどうにかなる、そして家を出た瞬間自分と子供のことは忘れ植物の事だけを考えろと言うのです。
寿恵子は育児の合間に内職をしその金で質入れしていたものを買い戻しに行きました。万太郎の知らない苦労の一つでした。
十徳長屋の住人たちが金銭で苦労をしていることを知る質屋の中尾(小倉久寛)は寿恵子や居合わせたえい(成海璃子)に茶を振舞い優しく迎えます。

そこには新聞があり、そこには小説が書かれていました。八犬伝のような読み物かと問うと、中尾はいやいやそんないいものではない、もっといかがわしいのだといい、内容を口にします。
「田口という大学の教授で女学校の校長が里江という女子生徒に手を出し、校長相手に断れない里江は一線を超え、女学校を中退する羽目になる」
というもの。二人のなれそめはそのようなものではありませんでしたが、完全に田邊教授と妻の聡子をモデルにした内容でした。
寿恵子は驚いて茶をこぼしてしまいました。一刻も早く聡子の元へ行かねばと店を出て田邊邸にいくと、たくさんの人々が田邊を破廉恥だ、女学校なんて作るから風紀が乱れるんだと詰め寄っていました。その叫びは狂信者のよう、寿恵子はやめてください!と出てきた女中に、槙野の妻です!聡子さんの友達です!!と叫び急いで中に入れてもらうのでした。

前回:らんまん第92話「ある喜びと喪失」
次回:らんまん第94話「創作と現実の境で」

らんまん第93話ネットの反応「久々の八剣士オタク寿恵子と丈之助さん回」

Twitter
いやいやもう寿恵子も八犬士の1人よね #らんまん
Twitter
こうしてまた田邊教授は救われない。それどころか落ちるばかり……ひどい。奥さんのことはどんな状況でも大切にできるところが田邊教授の手放しで褒められる唯一のとこだって言ってるでしょ〜〜〜〜その2人のこと書くなんて。あれ誰が書いたん……。 #らんまん
Twitter
結局、寿恵子が生活費を稼いでくることになるのかな?史実もそのようですし。 #らんまん
Twitter
たとえ小説の内容が下世話な作り話でも、女子教育に熱心なはずの人が学業を断念させて結婚は良くなかった。あさちゃんが悲しむ。
#らんまん
Twitter
作家が、モデルになった方から訴えられて、プライバシーVS表現の自由が法廷で争われるのは、現実にこういう事があるからなんだよね。読者(今ならSNS利用者)がリアルでやった迷惑行為は書いた人の責任なのか、って。#らんまん
Twitter
今朝のらんまん、オタクが泡吹いて倒れそうな展開だった…ていうか私が倒れそうよ😭
Twitter
丈之助!!!!!👏👏👏👏👏
学生のお前がダントツでまともだった!
#らんまん
Twitter
丈之助「彼女を身請けしたら、もっといい所に住むからね」
Twitter
丈之助さんはまず手を洗いましょう😊
#らんまん #朝ドラらんまん
Twitter
土日は今までのらんまんを振り返ることがルーティンになってるんだけど、万太郎が初めて東大植物学教室から帰ってきた日の丈之助さんの「(東大を)追い出される日までは頑張れ❗」のエールが今はより染みる😢

万太郎と寿恵子の祝言で分家ーズに頭を下げる綾と竹雄もより染みる😢

Twitter
今日のらんまん、女学生と教授の恋のフィクション小説が流行る→要潤教授の家に投石の流れ、意味が分からんかったんだけど。

らんまん第19週まとめはこちら

らんまん第93話ネタバレ感想考察「矢田部(田邊)をコケおろしたフィクション小説『濁世(じょくせ)』のような被害者はまだいる」

今回、田邊教授が当時女学生であった後妻の聡子に手をだしいかがわしい関係から女学校を退学し夫婦になったというフィクション小説が掲載されたことで、それを信じた読者から破廉恥!教育者にあるまじき!女学校などつくるから!と家に詰め寄られる事態になってしまいました。
今も昔もマスコミに踊らされるのは人のサガなのでしょうか。
実際に田邊教授のモデルである、矢田部教授は裁判官の娘を後妻として娶っており、現在も政界にいる鳩山家を媒酌人として結婚していることから決してやましい関係が始まりではなく、周囲の人々の心遣いからの婚姻でした。
少しの真実に、黒いインクを一滴落とすように醜聞にして描かれていくこの小説は「濁世(じょくせ)」と言い須藤南翠(すどうなんすい)という宇和島出身の小説家兼新聞記者によって執筆されました。
この当時は実際に起こった事件や人物を当てはめて話を悪改して書くことに誰も何も思っていませんでした。
矢田部教授は名誉棄損で発行元の新聞社を訴えましたが、SNSもない時代は情報は新聞しかありません。つまりマスコミが正義、一度人々に刷り込まれた情報は上書きされることもない…標的にされた人物だけが割を食うという何ともモラルの低いものだったのです。

他のもいる創作小説の被害者「大山捨松」

このような事実無根の小説の被害者は大物にもいました。
大山巌の夫人・大山捨松です。会津藩の出身で、父も兄も会津藩の家老、兄は山川浩といい一時期賊軍のひとりとされましたが明治政府の仕事に参加するようになり名誉を回復した人物でもありました。
大山捨松は幼いながらに岩倉使節団に随行して渡米する女子留学生として同行。アメリカでの教養を得た才媛であり優秀な成績を収めて帰国しました。この使節団には津田梅子などの有名人もいます。
そのような経歴から当時陸軍中将・陸軍卿・参議となっていた大山巌に後妻として望まれ結婚することになります。
西洋の知識を得ていた捨松は海外の人々を招いた舞踏会などでその知識をいかんなく発揮し「鹿鳴館の貴婦人」とよばれ外交を大いに助けました。そして医療を整備し看護師の育成のための看護学校の設立に助力するなど現代に欠かせない業績を残しました。

しかし、元会津藩の家老の娘でアメリカ留学を果たし、現政権の重鎮の後妻で、舞踏会の花などという捨松は格好の餌食でした。
徳富蘆花は捨松をモデルに意地悪い継母として病のために婚家から送り返された前妻の子を隔離し、孤独の中で死なせるという内容の小説「不如帰(ホトトギス)」を発表しました。
実際の捨松は良妻賢母で、病の前妻の子の隔離は他の家族の為にしたものの、看病は移ることも厭わず自らが行い、病が小康状態のときは心を配り関西旅行をするほどいたわっていました。
この病の前妻の子は父である大山巌にも義母に当たる捨松にも大層大切にされており、病を理由に離縁されたときは婚家に激怒し、その後亡くなった際にはお悔やみなどを突き返したというエピソードも残っています。

しかしこの「不如帰」のせいで捨松は晩年までバッシングを受け続けました。捨松の病状がいよいよ危ないという頃、ようやく作者の徳富蘆花によるコメントが発表されましたが、「継母の捨松を悪者にしなければ人々の涙をそそることができなかったから誇張した。捨松はお気の毒に絶えない」と述べるにとどまっています。
その後賠償金を払ったなどというペナルティもなく、要は「悪くかいてごめーんね」で終わっているのです。まさに書いたもの勝ちの世界でした。

徳富蘆花があえて否定しなかったのには理由がありました。彼はこの「不如帰」のヒットにより名声を得ており訂正するのは体裁が悪かったのです。この頃の小説は今以上にモラルがありませんでした。SNSでたくさんの考察がでて否定も出来る今と一つの情報に偏ってしまう昔、果たしてどっちがいいのでしょうね。

次回:らんまん第94話「創作と現実の境で」

コメント

タイトルとURLをコピーしました